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□卵【あたらしいいのち】
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「…弥子、あんたどうしたのソレ…」

朝、登校してきた私を見るなり、叶絵は挨拶代わりにげんなりと声を掛けてきた。

力なく伸びた人差し指の先には私のお腹。
いつものクリーム色のセーター。

ただし、今日は不自然に盛り上がっているのだけど。

「え!?いやぁ、昨日帰りにケーキバイキング行ったらうっかり食べすぎちゃって!も、もたれてるのかなー…なんて!」
「食べすぎる…?あんたが?もたれる…?あんたが?」

我ながら素晴らしく引きつった笑顔だったに違いない。
でも、それよりも今の叶絵の顔の方がひきつってる。絶対。

昨日の朝、私のベッドに現われた謎の卵。

ネウロの仕業かと思って問いただせば、こともあろうに私が自分で産んだ卵だと言い張られた。
人間は卵なんか産まないと反論すれば、進化したのだと言う。

まだ納得のいかない私に…私の耳を…
そこまで思い返して顔が一気に茹で上がる。

人間のそれとは異質の、長くて少し冷たい舌。

…アレには一体どういう意味があったんだろう…。

怖かった…のは良く覚えてる。
それがいつもと異質の恐怖であったことも。

でも、嫌ではなかった。

狼狽する私を見つめた深緑は、確かにいつもより優しかったから。

様々な仮説が浮かんでは消えたが、全てを打ち消すように激しく頭を横に振る。

…きっとただの嫌がらせとか、そういう類に違いない。
あの魔人にまともな回答は期待するだけ損だ。

そして、いつものように無理難題を押し付けた。

この卵を育てろと。

だからとりあえず…孵化させるために温めようと、昨晩は卵を抱いて寝た。
…朝起きたら卵はベッドの下に落ちていたけども。

学校へは、散々悩んだ末、紐で腹部に固定したうえにセーターを着込むという暴挙に出ることにした。

横から見ると明らかに女子高生にあるまじき体型になってるけど、正面からなら…。
と思って登校したのに、初っ端正面から…それも少し遠めにいた叶絵に瞬殺をくらってしまった。

…やっぱりちょっと無理があったかなぁ…。

相変わらず強張ったままの叶絵の顔を見ながら腹をそっと一撫で。

「あ…」

掌に、お腹に、伝わる小さな、けれど力強い衝撃。

蹴った…?

いや、蹴ったのかどうかはわからないけど。

(だって何が生まれてくるのかわからないし)

とにかく中で動いている。
それは…もうすぐこの生命が産声をあげるという合図に他ならない。

「どうしたの?弥子」
「ゴメン叶絵…私やっぱ体調悪いみたいだから帰るね」
「え…今登校したばっかなのに!?」
「ホントごめんね!先生にもなんとかうまく言っておいて!今度学食のカキフライ2個くらいあげるから!」
「いらねーよ!」

心配そうに近づいてきた叶絵を振り切るように、踵を返して走り出す。

さすがに学校で孵られたら困る。

今日の学食の日替わりランチの和風ハンバーグを食べ損ねたのは勿体なかったけど…
背に腹は替えられない。

いつも事務所に駆けて行くほどの全力疾走で家路を急ぐ。
両手で支えた卵は、走りながらでもわかるほどに蠢いていた。

(あぁ、待って待って!家まではなんとか…!)

今にも孵ってしまいそうなそれをぎゅっときつく抱きしめたまま、更に速度を上げる。
家を視界に捉えてラストスパートをかけると、そのままの勢いで玄関に飛び込み、自室へと転がるように走り込んだ。
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