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□卵【ひな】
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部屋を出て、向かった先は台所。
今すぐにでもネウロに詰め寄りたい気持ちは山々だけど、それよりも生まれたてのこの雛の栄養補給が優先だ。
小さな頃、巣から落ちて怪我をしたスズメの子を拾ったことを思い出す。
少しでも力を入れれば脆く崩れ去ってしまいそうな、小さな生命。
その時は実際、生命の脆さを知る破目になってしまったけれど。
あの時の二の舞だけは避けたい。
決意して視線を落とせば、力なく目を閉じて胸元に寄り添う雛の姿。
まだ羽管も開ききっていない体を震わせ、搾り出すように小さく啼いている。
一刻の猶予もない…。
少し焦り気味に台所を横切ると、ダイニングテーブルの上にあった新聞を広げ、その上に慎重に雛を下ろす。
雛がゆっくりと瞼を開けて不思議そうにこちらを見上げてくるのに、私は優しく微笑みかけた。
「ここでちょっと待っててね」
スズメを保護した時、お母さんのしていたことを思い出しながら、冷蔵庫の中からスポーツ飲料を取り出す。
確かこれを温めて飲ませていた。
消化できて吸収が早いから鳥さんにも良いのよ、と母が説明してくれたのをなんとなく覚えている。
…正直、この雛が「鳥」かどうかは甚だ疑問ではあるけれど。
(似たようなものだよね…きっと)
それに、何もしないよりはマシだ。
腹を括り、若干曖昧な記憶を頼りに台所を忙しなく動き回る。
「最近台所は美和子さんに任せっぱなしにしてたからなぁ…えーと、ミルクパンはどこだっけ?」
まるで押しかけ強盗のように台所の棚という棚、引き出しという引き出しを開け放す。
目当ての品は最後に開いた棚の最奥にあり、自分の運の悪さを少し呪った。
ミルクパンにスポーツ飲料を注ぎ、火に掛ける。
あとは人肌くらいまで温まるのを待つだけだ。
「ふぅ、あとはこれを飲ませるのにスポイトか何か…ってうわぁぁぁぁ!?」
一段落ついてちらりと後方の雛に目をやれば、ダイニングテーブルの縁にその鋭い嘴を辛うじて刺し、体は宙にぶらりと垂れ下がった状態でじたばたともがいていた。
慌ててその下に手をやり、落下する寸でのところを救出する。
「なんでおとなしくしてないのよ!落ちたら大変でしょ!」
「ぴ…」
元いた新聞の上に戻しながら叱責の声をあげれば、それがわかるのか、雛は首を竦めて縮こまった。
まったく油断も隙もない。
動き回るだけの元気があるのなら良いのかもしれないけれど。
少し安堵しながら踵を返そうとして、何かに引っ張られる感覚に動きを止める。
見れば、雛が私の袖口を嘴で摘んでぐいぐいと引っ張っていた。
大きな宝石のような瞳をうるませ、必死に見上げてくる。
何故か目が離せない、逆らえない、魔法というより呪いのようなその視線。
…あっれー?なんかデジャヴだなこれ…。
「う…なに?もしかして構ってほしいの…?」
言葉が通じているのかはわからないが、更に強く袖口を引かれ、露骨に大きな溜め息を吐き出す。
きっと、さっき宙ぶらりんになってたのも、私のところまで来ようとしていたからに違いない。
「しょうがないなぁ…ちょっと待ってて…すぐ戻るから放してもらえる?」
諭すように頭を撫でてやると、目を細めて素直にゆるゆると嘴を開いた。
その隙をついてシンク台の引き出しを開き、赤と黒のチェック柄のエプロンを取り出す。
手早くそれを着用し、雛を抱き上げると、お腹のポケットの中に入れてやった。
「じゃーん♪これなら私も両手使えるし、君も一緒にいられるし、一石二鳥でしょ?」
最初こそ戸惑ってもがいていた雛は、水面に出た時のように息継ぎをしてポケットから顔を出すと、その体勢で落ち着いたのか、目を細めて甲高く一声啼いた。
嬉しそうにエプロンに頬擦りしてくるその姿に、思わず笑みが零れる。
なんか、かわいい…かも。