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□卵【へんしん】
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「ネウロっ!あの卵やっぱりあんたの仕業だったんでしょ!?」

リドルと名付けたその雛を両手で掲げて、いつもと変わらず黒革張りの椅子にふんぞり返る魔人に突き出した。

急に足元が不安定になったリドルが手の中で少し暴れたが、気にせずそのまま口をへの字に曲げてネウロを見据える。
魔人は椅子ごとこちらへ向き直ると、その深緑を好ましげにゆっくりと細めた。

「ほぅ…無事孵化させたようだな。ワラジムシにしては上出来だ」
「やっぱり…!今度こそちゃんと説明してもらうからね!」

鼻息荒く詰め寄れば、軽くあしらうように鼻を鳴らされる。

「フム。説明してやってもいいが…その前に」
「…なによ?」

極限まで持ち上げられた口の端。
覗く小さな牙に、これでもかというくらい嫌な予感がする。

「貴様が産んだ卵は一つだけではないはずだ」
「へ?だって私のベッドにあったのは一つだけ…」

言いかけて、固まった。

トロイに肘杖をつくネウロの肩の上に、ひょっこりと現われたのは、小さな雛。
まさに、私の手の中にいる雛…リドルと同じ外見の。

「え…?」

思考が追いつかずに呆然とする私を嘲笑うかのように。

トロイの影から、アカネちゃんの机の足から、ソファの下から…
小さな悪魔たちが次々と姿を現す。

あっという間に、事務所の床一面を覆い尽くさんばかりの雛の群れに囲まれ、動くことも儘ならなくなった。

縋るように上げた視線の先で、深緑がさも楽しげに細められて。

「貴様が気付かぬ内に産み落とした卵…つごう777個分の雛だ。せいぜい責任を持って育てることだな」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!」





「…はっ!?」

弾かれたように半身を起こすと、窓から射す太陽の日差しが木製の机を柔らかく照らしているのが目に入った。

反射的に足元を見る。
見えるのは、スリッパを履いた自分の足と椅子の足。

更に視界を巡らせれば、いつもと変わらない自分の部屋の姿。

ゆ、夢か…。

安堵して胸を撫で下ろし、再度机に向き直ると

「くぅっ!」

視界いっぱいに黄色い嘴。

「ぅぎゃぁぁぁぁぁ!」

思わず女らしからぬ悲鳴をあげて、拍子に椅子から転げ落ちて思い切り尻餅をつく。

恐る恐る目線を持ち上げると、机の上からリドルがこちらを心配そうに見下ろしていた。

そっか。
リドルが寝てるのを見て、つられて寝ちゃったんだっけ。

あまり良く覚えてないけど、眠る直前にネウロのことを考えてた気がする。

あんな恐ろしい夢を見たのも、きっとそのせいに違いない…。

「いたた…ごめんリドル。ちょっと夢見が悪くて…」

打ち付けたお尻を摩りながら立ち上がり、リドルの栗色の頭を優しく撫でながら…
ふと、その違和感に気付く。

あれ…?

リドルの頭ってこんなに大きかったっけ…?

確か眠る前までは…
撫でると言っても、人差し指で擦るという表現の方が正しいほどだったはずなのに。

今は、掌を広げてやっと収まるかどうかだ。

…まだ夢見てるのかな…。

徐に自分のほっぺたを摘んでみる。
…痛い。

再度机の上のリドルを見やる。

不思議そうに傾けた頭。
山羊のように捩れた角が重いのか、そのまま倒れそうになるのを生え揃った羽をバタつかせて堪える。

もう一度、先程よりも強く頬をつねる。
…痛い。すごく痛い。

「…これは夢じゃない、と…」

改めて口に出した現実は、あまりにも非現実的な香りを纏っていて。
明らかに許容量を超えた超常現象に眩暈がした。

呆然と立ちすくむ私のお腹に、リドルが目を細めて頬擦りしてくる。
ぐいぐいと押され、思わず後退りしそうになるのを寸でのところで堪えた。

う…なんて力…。
さっきまでこれもくすぐったく感じる程度だったはずなのに…。

エプロンのポケットに収まっていたはずの体は、最早その嘴すら収まるかどうか。

一体何をどうしたらこの数時間でそこまで大きくなれるんですか…。

離巣性の低い人間には到底理解の及ばない…
いや、地球上に存在するどんな生き物であろうとも、それは目を瞠るような成長。

自然の摂理から大きく逸脱したその生態は、リドルが魔人であるということを加味すれば別段不思議ではないのかもしれないのだけど。

それでも思考は追いつかず、混乱はますますひどくなるばかりで。

思わず頭を抱え込み唸り始めれば、エプロンの裾が何かに引っ張られるのを感じ、顔を上げた。
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