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□卵【おさなご】
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「ネウロっ!今度こそ言い逃れできないからね!?」
事務所の扉を足で蹴り開けて。
その足で大股にトロイへと近づけば、黒革張りの椅子がくるりと背を翻して、代わりに目の覚めるような青いスーツが現われた。
相変わらず偉そうにふんぞり返る魔人に、両手で抱えた幼子を腕ごとずいと突き出す。
念のため家中を探してはみたけれど、リドルサイズの服なんてあるはずもなく。
結局、幼い魔人は私の制服のシャツに包まれるように着られたままだった。
「この外見!明らかにあんたが関係してるじゃない!」
色こそ違えど、リドルの外見は誰が見てもネウロに瓜二つだ。
この状況でまだ無関係を主張できるとは到底思えない。
だからこそ強気に。
ここで下手に出れば、狡猾なこいつのこと。うまく逃げられてしまうかもしれない。
鼻息荒く詰め寄れば、魔人はその深緑を好ましげにゆっくりと細めた。
「ほぅ…無事孵化させたようだな。ワラジムシにしては上出来だ」
「あーもう夢と同じこと言いやがって!」
デジャヴな台詞に思わずツッコミを入れながら、反射的に周囲をきょろきょろと見回す。
殊更足元を重点的に。
………さすがにそれはないか…。
「と、とにかく、ちゃんと説明してよね」
取り繕うように再度眉を吊り上げて魔人を睨みつければ、あしらわれるように鼻で笑われた。
「フン…説明も何も…貴様も大方の予想はついているのだろう?」
「それは…」
強気に出ていた態度は、語尾と共に瞬く間に萎縮して。
思わず言葉に詰まって俯いた。
否定してしまえば嘘になる。
「謎」を食べるその生態。
鳥のような頭をした魔人。
偽りの容姿。
その全てに私は心当たりがあったから。
これが完全にネウロの姿だったなら、こんなにも悩んだりはしなかった。
しかしリドルのその瞳は、その髪は、見紛うことなく私の色をしていたから。
導き出された結論。
決して受け入れることのできない答え。
大人しく私の腕に抱かれるリドルを見つめる。
私と同じ、栗色をした後ろ髪。
その頭越しに見えるネウロの髪とは、やはり似ても似つかない。
「謎を食べる…あんたと同じ魔人…てのはわかった。でも、一体何なのかが全然わかんない…」
突然私のベッドに現われた卵。
それが魔人の仕業なのは今更否定しようがないとしても。
リドルは一体何なのだろう。
魔界能力なのだろうか。
だとしたら何故ネウロの姿そのものではないのか。
何故、私の身体的特徴をも持ち合わせているのか。
その必要性は?
その意味は?
考えれば考えるほど、泥沼にずるずるとのめり込む。
結局は同じ結論へと集約されていくというのに。
でも、それは私の結論であり、仮定にすぎない。
答えではない。
その答えを知ることは、脳にとっては喜ばしく、精神にとっては恐ろしい。
けれど私はそれを知らなければならない。
一つの命を預かってしまったからには。
決意を固めて。
真の答えを求めて顔を上げれば、飛び込んできたのはきらきらと輝くエメラルド。
「何なのかもなにも…先生と僕の子供じゃないですか☆」
「………………は!?」
あまりの温度差に、肩にかけていたバッグが気力ごとずり落ちる。
一番否定して欲しかった、一番ありえないはずの答えを笑顔で肯定されて。
思わず反応が遅れれば、隙をついて一気にまくし立てられた。
「大半は僕に似ているようですが、このカレーをこぼした後、頑張って拭いたけど取りきれなかったシミのような色の髪は先生に似てますし、左目なんてもう佐鳴湖のヘドロのような先生の目そっくりです!」
「喩えが細かすぎるうえにわかりにくっ!…って、ちょっと待ったぁぁぁ!」
確かにそれが一番納得のいく答えではあるのだけれど。
しかしその解答に辿り着くには、あまりにも無理がありすぎて。
そして受け入れ難くて。
「あ、あんたとの子供って…私、その…心当たりないんだけど…」
堪らず俯けば、つられて語尾も遠慮がちになる。
まるでそれに呼応するように、魔人のエメラルドは見る見るうちに怪しく光るマラカイトへと姿を変えた。
あぁ、結局またこいつのペースか…。
「心当たりとはなんだ?わかりやすいように言ってみろ」
口角を上げながら、その双眸を三日月のように細めて。
こいつ…絶対わかってて言ってる…!
頬が紅潮してくるのを感じながら、言葉に詰まってしばらく睨みつけていれば、魔人はやがてつまらなさそうに小さく溜め息をついて、トロイの上にどかりと足を組み置いた。
「そんなに疑問に思うのなら、そこのチビに訊いてみるがいい」
そう言って、皮手袋の中指で私の腕の中のリドルを指す。
そういえば…事務所に入ってから、リドルが随分おとなしい。
ここに来るまで大変だった。
すれ違う人…特にやたらと暗い空気を背負ってる人とか、どう見ても「や」のつく自営業の方に興味を示して、何度となく腕から転がり落ちそうになったから。
…きっと謎の気配を察知したんだろうけど、私にしてみたらいい迷惑以外のなんでもない。
その人たちに謝っていれば、周りが「女子高生探偵」に気付き始める。
『女子高生探偵が、Yシャツ1枚に包まれた赤ん坊を抱えて歩いている。』
いかにもスキャンダラスな私の姿に、あっという間に野次馬ができて…。
なんとか場を誤魔化しながら、いつもの倍以上の時間をかけて事務所に辿り着いたのだった。
そのリドルが、ここに着いた瞬間にやけに大人しくなったということに、今更気付く。
「…リドル?」
訝しんで、ネウロの方に向けたままの顔を覗き込みながら名前を呼んだが、それでも全く反応を示さず、その視線はどうやら魔人に固定されているようだった。
その視線を辿るように魔人を見やれば、興味深そうに口の端に笑みを浮かべた。
「ほぅ…我が息子に『謎』と名前をつけるとはな」
「…食べないでよ?」
「食うわけなかろう。貴様と違って我が輩は悪食ではない」
庇うようにリドルを抱き締めると、小さな魔人は、たどたどしく小さな腕を正面へと伸ばし、紅葉のような掌をめいっぱいに広げて、何か言いたげに口をぱくぱくと動かして。
そして、呻き声のような短い音に混じって、確かに声を発した。
「…ぁ…パ…パ…」