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□SPRING RAIN
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ぼつぼつと。
窓を叩く音に外を見やれば、まさに今、天から落ち来る雫が地を濡らし始めているところだった。
放課が迫る教室に、一層気だるげな空気が漂い始めるのに、思わずつられて溜め息が漏れる。
(あーあ、やっぱり降って来ちゃった…)
天気予報では午後の降水確率70%なんて言っていたけれど、朝はそれはそれは気持ち良く晴れていたから。
(天気予報なんてはずれるためにあるようなもんなのに…)
どうしよう。
傘なんて持ってきてない。
だからと言って、この雨がやむまで待っていたりなんかした日には、事務所で待つあの暴君にどんな酷い仕打ちを受けるかわかったものではない。
ただの数分の遅れさえも許されないのだ。
あの、緑眼の魔人には。
決して予測などではない近い未来のビジョンに、一際大きな溜め息一つ。
頬杖をついて窓の外を見やると、どんよりとした視界の中にふと、場違いな色彩が飛び込んできた。
校庭の隅の桜。
見事としか形容できないほど満開の花弁が春の雨にしとどに濡れて、はらはらと舞い落ちているのが見える。
(あぁ、桜…散っちゃうかな…)
今週末あたりに、お花見にでも行こうかなんて思ってたのに。
おいしいお弁当、甘いお菓子をたっぷり持って。
あ。甘酒もいいな。
そこまで考えて、ふと、想像の中で花見をする私の隣にいた人物を思い出す。
お母さん…ではなかった。
叶絵でもなかった。
まして、笹塚さんたちや吾代さんでもない。
あぁ。
あの不思議な髪は。
あの底なし沼のような瞳は。
あの不敵な笑みは。
ネウロ、だ。
(…馬鹿みたい)
同じものを見ても、同じように感じてなんかくれないのに。
同じ食べ物を食べられるわけでもないのに。
(どうせ、『桜の木の下には死体が埋まっているそうだな』とか言って謎探し始めるに決まってる)
桜を見て美しいと思うこともないだろうし、花見の席の料理をおいしいと思うこともない。
一緒にお花見なんか行ったって、何も楽しいことなんてないはずなのに。
なのに、一緒にお花見したいと思ったんだ。
どうして?
一緒にいれば、罵詈雑言と謂れのない暴力ばかりを浴びせてくるあの魔人と、どうして一緒にお花見なんか。
どうして。
(ホント、馬鹿みたい…)
本日何度目かの溜め息は、雨粒が窓を叩く音に掻き消されて。
黒板の上に掛けられた時計を見れば、終業まであと5分をきっていた。
それまでにこの雨がやめばいいのに、なんて起こりえない奇跡を祈りながら、再度外を見やる。
「…っ!?」
そこにありえないものを見つけて、思わずあげそうになった声を、寸でのところで両手で受け止めた。
校門の前に立つ人影。
雨霞の中でも目をひく青のスーツと長身には、嫌というほど見覚えがあって。
(ネウロっ!?)
事務所の椅子に踏ん反り返っているとばかり思っていた緑眼の魔人がそこに立っていた。
その手に大きな黒い傘を持って。
(なにやってんのアイツ!?)
魔人が、傘をさして、私の学校の校門に立っている。
あまりに異質な光景に目を瞠って、混乱する頭を掻き抱く。
(まさか…迎えに来てくれた…とか?)
ありえない。
あのドS魔人にかぎってありえない。
もしそうなのだとしたら、今すぐに雨がやむのよりもよっぽどすごい奇跡だ。
いっそ天変地異が起こる前触れかもしれない。
でも、この状況でそれ以外にまともな答えも浮かんでこなくて。
期待と不安と困惑を湛えて恐る恐る外を見やれば、薄暗がりに鈍く光るマラカイトが私を射抜き、口の端をあげて嗤うのが見えて、堪らず顔ごと黒板へと居直る。
それと同時に、終業のチャイムが鳴り響いて。
僅かなざわめきと共に椅子をひく音で教室が満たされた。
その音を遠くに聴きながら半ば無意識に起立して、再度窓の外をちらりと横目で見る。
相変わらずそこには場違いも甚だしい魔人の姿。
急に冷え込んだ空気も手伝って思わず身震いして。
帰りのホームルームが終わるのを恐れながら再び席についた。