GIFT
□sweet precious time
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あがった息を整えながら、事務所の扉を睨むように見据える。
鉄製の、薄汚れた扉。
早乙女金融の看板の上から、無理矢理貼った「桂木弥子魔界探偵事務所」の真新しい看板は、それでも少し汚れて、扉に馴染んできている。
もう幾度となく開けたこの扉が、こんなにも威圧的に感じたことがかつてあっただろうか。
(やっぱり…渡すのやめようかな…)
その圧力に思わず弱音が脳裏を掠めるが、全力で振り切った。
一際大きく息を吸うと、それを溜め込んだまま一気に、なだれ込むように事務所に足を踏み入れる。
恐る恐る顔を上げると、いつもの定位置…窓際の黒皮張りの椅子に魔人の姿はなかった。
念のため、天井にも視線を巡らすが、その姿は見止められず、ただ壁のおさげが嬉しそうに揺れているのみ。
やっと頭がその不在を認知して、身体から一気に力が抜けていく。
盛大に吐き出した息は、安堵の溜め息か、落胆の溜め息か。
ソファに荷物を投げ出してあかねちゃんの机を見やれば、ホワイトボードに『おかえり』と書いたおさげが手招き…いや、髪招きをしていた。
「ただいま、あかねちゃん。…ネウロは?」
すっと差し出された湯気のたつ紅茶に口をつけながら訊けば、『謎探しに出かけたみたい』と返ってくる。
「ふーん…そっか」
生返事をして紅茶を啜る。
あかねちゃんの淹れてくれた紅茶のおかげで、冷えた体は温まって、心も落ち着いてきた。
「あ。そうだ。あかねちゃんにもバレンタインのプレゼント!こないだCMやってた新しいトリートメントだよ。今度試してみようね」
ピンクのリボンを掛けたボトルを見せれば、おさげは千切れんばかりに揺れて喜びを表現する。
喜んでくれたみたいで良かった。
ソファに戻って、どさりと座り込む。
これでバレンタインの贈り物は、正真正銘あと1つ。
…折角覚悟を決めて来たのに、肩透かしをくらってしまった。
また同じだけの勇気が必要なのかと思うと、ちょっと気が遠くなる。
「………」
私は、しばらく思案を巡らせたあと、バッグからノートを取り出してまっさらなページを1枚千切り取った。
10010/01111/01111/00110/10100/01111/10000
ボールペンで走り書きのように書き記し、それをトロイの上に置く。
…ネウロに気付いてもらえるよう、堂々と。
「あかねちゃん、紅茶ありがと!またあとでね」
不思議そうにこちらを伺うおさげに会釈をして、バッグから黒い小箱を取り出す。
それだけを持って事務所の扉を開けると、上へと続く階段に足を掛けた。