GIFT
□promise for life
2ページ/4ページ
「何故人間は生まれた日をいちいち祝ったりするのだ。歳をくうということは即ち、死に近付いたことに他ならないではないか」
人間は実に脆弱な生物だ。
その寿命も、魔界生物の我が輩からしてみればほんの一瞬にすぎない。
この弱小なミジンコも、いずれはそうして死を迎える。
…確実に、我が輩よりも早く。
だというのに、わざわざその死への一歩を祝うなど…到底理解の及ばない習慣だ。
下しかねてヤコを見やれば、困ったように眉根を寄せて、そして柔らかく笑った。
「違うよ。誕生日はね、この世に生まれて、今日まで生きてこれたことに感謝する日なんだよ。生まれてきてくれて、今日まで生きてくれてありがとうって」
儚い笑顔。
それはまるでその命のごとく。
しかしそれでいて不思議と説得力のある言葉に、思わず目を瞠る。
あぁ。
だから人間はかくも愚かで興味深い。
知らず口角が上がり、喉で笑った。
「そうか」
「そうだよ」
応えるようにヤコが笑う。
ヤコがこうして笑う時、僅かだが、事務所の瘴気が薄くなるように感じる。
それは魔界生物の我が輩にとっては命取りのはずだが、何故か心地好さを感じるのだから妙な話だ。
この豆腐といると、どうにも調子が狂ってかなわん。
「あ。ねぇ、ネウロの誕生日っていつなの?」
「16月344日だ」
「いつだー!?」
「正直に答えてやったのに失礼な奴だな貴様は」
「いやいやいや、地上の暦に16月とか344日なんて存在しないから!」
そう言えば…地上の暦とやらは1月は約30日、1年は12ヶ月なのだったな。
まぁしかし、我が輩は嘘は吐いていない。
「でも残念だなー。存在しない日なんじゃあ、祝ってあげられないねー」
全く残念ではないという笑顔で、ヤコがわざとらしく呟く。
「では存在する日ならば祝ったのだな?」
「もっちろん。なんでも言うこと聞いてあげたし、欲しいものなーんでもあげたよ」
我が輩の誕生日が暦上に存在しないとわかるや否や、強気な態度で思ってもいないだろうことを口走るヤコは、我が輩の口元に浮かべた笑みに気付いていなかった。
「ほぅ…では、存分に祝うがいい」
「………は?」
全く予測していなかっただろう我が輩の一言に、ヤコの頭上に疑問符が浮かぶ。
やはり、豆腐頭には理解できていないようだ。
「地上の暦に換算すると、ちょうど今日が16月344日にあたるようだからな」
「………………えええぇぇぇえええ!?」
決定打をつきつけて。
隠しもせず牙を剥き出しに笑えば、ヤコの顔は見る見るうちに青ざめ、素っ頓狂な声をあげて後退った。
予想通りの反応に満足して椅子に背を預ければ、ミジンコの悲鳴に同調するように小さく軋む。
「ちょ、ちょっと待って…!」
ヤコは急に慌てふためいてバッグを漁り、紙切れとペンを取り出すと、何やらぶつぶつと呟きながら計算を始めた。
たっぷり5分は紙と睨めっこをした後、その手から滑り落ちたペンがテーブルに転がる音が事務所に高らかに響き渡る。
「うそ…。ほ、ホントに今日だ…」
数字で埋め尽くされた真っ黒な紙から目を離さずに、ヤコは力なく呟いた。
その顔は先程よりも青ざめ、遠目からでも冷や汗が滲み出ているのがわかる。
ここまで時間をかけて何度も確認しないと理解できんのか、このナメクジは…。
「さて、では早速祝ってもらおうではないか」
「ひっ…!」
中身が入っているのか甚だ怪しいその頭を鷲掴みにすれば、小さく悲鳴をあげて肩を揺らす。
反応が面白くて、そのまま視線が合うまで持ち上げると、潤んだ琥珀とぶつかった。
眉根を寄せ、細かく震えながら助けを請うように唇を戦慄かせている。
(まるで捕食される直前の草食動物だな)
ますます面白くなって、偽りの笑顔を浮かべて瞳を覗き込めば、逃げるように視線を逸らされた。
「なんでも言うことを聞くと言ったな?なんでも欲しいものは寄越すと言ったな?」
「あ、あれは言葉のアヤってやつで…」
「言いましたよね?先生?」
「うっ…は、はい…言い…ました…」
空いた手を刃物に変えてその頬を軽く刺すと、身体を強張らせて涙の混じった声をあげる。
まったく、素直に頷いていれば良いものを…学習能力のないミジンコだ。
気付かれない程度に小さく溜め息を吐いて。
今にも雫が零れ落ちそうな琥珀を縫いつけるように見つめ、その双眸に語りかけた。
「では、我が輩への未来永劫の隷属を誓え」