読物
□愛してるから、さようなら。
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「ねえ、来ないの? 逃げるなら、今のうちだよ?」
本気で、心からそう言ってあげたのに。残りの二人のうち一人が、怒りに顔を真っ赤にして駆け寄ろうと足を踏み出した。刹那。
「うぉ!?」
放った団子を踏みつけて、滑って転倒。そこを狙って、腰に携えていた危なげな物をいただく。これで、三人目。
これは、繰り返す“貴方の死(うんめい)”を終わらせるために、何度も貴方の考えを上回ろうとした結果得た力。
「最後の貴方、相手になるよ」
「フン、オメェにそんなもんがまともに使えるもんかぃ」
言いながら、男は自分の腰に携えていた刀を手に、こちらへ襲い掛かってくる。
「……弱いね」
地を蹴って舞い上がり、男とすれ違う刹那、花断ちを見舞った。服だけが、ヒラリと彼の体から離れていく。
「!!」
「これでも、まともに使えないって?」
言えば、男の顔色はザッと赤から青に変わり、あっという間に仲間を連れて消えた。これで、終り。
これは、全ては自分のせいだと責め、何度も死に行く貴方を助けようとした結果得た力。
身についた力は全て、貴方への恋心の結果。ううん。恋なんて、そんな甘いものじゃない。愛、といえば聞こえがいい。けれど、本当は――執着。
「……あの、ありがとう、ございました」
ふいにかけられた声に、私は自分が少女を助けようとしていたことを思い出す。
「あ、ううん、いいんだよ。それより、ここは女の子一人が居ていい場所じゃないよ、早く帰ったほうがいいと思う。もし怖かったら、送るよ?」
告げれば、何故か少女は顔を赤くした。
「い、いえ。あの。実は、わたし、人と待ち合わせをしてまして……約束の時刻より早く来てしまったのが災いしたといいますか。約束の時刻通りに来れば、それより早く来た彼が居るはずなのですけれど……」
「それよりも早く来て、好きな人の驚く顔が見たかった。ってわけだね」
言うと、少女はますます顔を真っ赤にした。
気持ちは、すごくわかる。
「けど、やっぱり危ないよ。その人が来る時間まで、違う場所に居たほうがいいと思う」
「奥方様、そろそろ参りませんと……」
飛鳥さんが、あえて“奥方”と呼ぶのは、人が居るときだけ。飛鳥さん曰く「別当殿を立てて差し上げてる」とのこと。私には、よくわからない。
「でも、飛鳥さん……」
「旦那様が、戻ってこられますよ」
「だけど」
「あの、行って下さい」
割り込んだのは、少女だ。
「もうすぐ約束の時刻ですから、わたしは大丈夫です。それより、後程彼とお礼に伺いたいので、お名前をお教えいただけますか?」
「貴女が先に名乗るべきだと思いましてよ」
言ったのは、飛鳥さんだ。常より高い声で、少し棘を含んでいる。
「あ、飛鳥さん。私は別に……」
「いいえ、奥方様を侮られてはお子方たちにも失礼です」
私とヒノエ君の間に子どもはいないから、飛鳥さんが言う“お子”とは熊野の民のことだ。それを持ち出されては、私も反論はできない。
「ごめんね。先に、貴方の名前を教えてくれるかな?」
問うと少女は、気にした風なく、華やかに笑った。
「鈴蘭、と申します」
すずらん、と口中で呟いた時だった。
今ココで、見るはずのない色と、聞くはずの無い声を聞いたのは。
「ヒノ様!!」
鈴蘭が走り寄ったのは、紛れも無く私の最愛の――……。
「おや、待たせてしまったなんて、男として不覚だね姫君」
ヒノエ、くん。
不安の沼に、心が、溺れていくのを、感じた。