読物
□愛してるから、さようなら。
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「――………」
目覚めれば、この半年で見慣れた部屋が視界に写った。
別当邸の、寝室。
「な、んで?」
私、逆鱗で元の世界へと帰ったはずなのに。
「それはこっちが聞きたいね」
突然の返答に、その声に、心の動揺を抑えこみ、私は声のしたほうを見やった。
「ヒノエ、くん」
最愛の人が、そこに居た。
「望美、オレは今、お前に対して初めて怒りを感じてる」
彼が言うように、その紅い瞳は本当に怒っているようで、常よりもその紅を濃くしている。
「どうして、帰ろうと、したんだ」
飛鳥さんから、大体の事情は聞いているだろうに、どうしてそんなことを聞くのか、私には全くわからない。と同時に、答える気力すら、ない。
「……答えないわけ? オレは、お前の口から聞きたいんだけど? なあどうして……、どうしてもうオレが手の届かないところへ、行こうとしたんだ!!」
――ダンッ!
怒声が、泣き声に聞こえて、胸が跳ねた。打ち付けた拳の音すらも、悲しく耳に響いて。
まるで慰めるように、言葉が、一つ一つ零れ落ちていく。
「嫉妬、とかじゃないんだ。ううん、なかったって言ったら嘘になるけど、でも私、嫉妬なんかで帰るほど、弱くないつもりだよ」
ぐっと、掛けられた布団の下で、拳を強く握る。
「もう、私はいらない、って思ったから、さよならしようとしたんだよ」
「……そんな程度の、気持ちだったのかよ」
声が、震えている。
「ヒノエ君にも、わからないよ。これは、私だけの罪だから……。隣にいるのが、例え私じゃなくなっても、生きていてくれるのならば幸せだったから。元の世界に帰っても、貴方が幸せなら、私は生きていけるから。けど、居場所がなくなったこの世界で、幸せそうな貴方を見ながら生きていく自信は、なかったんだ」
そしたらきっと、私は逆鱗を使ってまた、運命を捻じ曲げようとしていただろう。それだけは、しちゃ駄目だと思った。
ヒノエ君には、未だに逆鱗で繰り返して来た私の罪は、言っていない。それは、私一人が背負うことだから、いう必要はない。
「……鈴蘭とオレは、お前の思っている様な関係じゃない。オレには、お前だけなんだッ! 望美……! お前が居なくなったら、オレは」
「生きていけるよ。貴方には、熊野がある」
「望美っ!!」
「でも私は、ヒノエ君が居なくなったら、この世界では生きられない。けどね、本当は、居たいの。貴方と一緒に、これからも生きていきたい。ごめんね、世話のかかる女で」
全てを流して微笑みかければ、貴方は私を強く強く抱きしめた。
「ふふ、女って言うのはいつでも世話のかかるもんだよ。望美は今まで、世話すら焼かせてくれなかったんだ。これからは、たっぷり焼かせてもらうから、覚悟しとけよ?」
囁かれた声とは対照的に、貴方の腕が微かに震えているのを感じて、私はもう一度、目を閉じた。
「お前はオレの天女だ。誰にも渡さない、オレの、オレだけの姫君……。勿論、白龍にさえも、渡しはしないから」
甘い、甘い睦言は、私を幸せの海へと誘う。抱えていた不安すらも押し流すほどの、あたたかな海へと……。
明日は二人で市に行こう。並んで、手を繋いで、囁き合って、笑い合おう。
「ねえ、ヒノエ君」
夢現の中、私は小さく、呟いた。
愛してるよ。
誰よりも。
終