短編集「紅蓮」
□証拠ヲみせて【完】
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僕には忘れてしまいたい記憶がある。
遥か懐かしき記憶を掘り上げてみるとそれは数えきれなかった。
だから無かったことにしたかった。
だけど幾ら自分から忘れようとも他人が僕を知る限り、悪夢のような呪縛から避けることは出来ない。
今さらどうしようもない。
まさしく愚かで、そして一生を無意味に無価値に遂げようとしても…。
「邦男君…来週の水曜日にお父さんが退院するそうです。一度お見舞いに行かれてはどうです?」
嫌です。あえて胸中をハッキリ言わず、曖昧に微笑む。
この人は、僕の里親の政美さん。
政美さんは僕の遠い親戚で、父親の従兄弟の奥さん。
僕の父親は、どうしようもない酒好き。
酒を死ぬほど浴びて、溺れた挙げ句にアル中ときた。
酒をもってこい。サイフの中にいくらあるんだ?もう無い?だったら貯金から崩してこい。
よくドラマで悲劇の主人公の父親が吐くようなセリフだった。
これを平然と口にする父親は多分、正常じゃないただのイカれ野郎だ。
その無職の父親を持つ息子の俺としては、父親がアル中用施設にブチこまれ、親子離れ離れになってから以降それっきり顔を出していない。