第弐図書室
□水面花
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それにしても、社会人になって大分経つのに、どうにもタクシーは苦手だ。
慣れないカーコロンと、中年と見られるドライバーが放つ整髪料や体臭の入り雑じる、この臭い。
小さな頃に親戚などの車に乗せられた時に感じた様な、違和感みたいな、他所の香り。
その臭いと、これから目の当たりにするかも知れない状況にすっかり辟易しているのに、智士は指の腹で腰のラインを撫ぞる。
寒気にも似た快感が、無い訳じゃない。
ただ本当なら今頃、こんな狭苦しい車内では無い所で、もっと極上の快楽に溺れている筈だったのに。
耳に掛かる息が、低く呟かれる言葉が、
……今は、もう。
言葉尻一つ取っても、私には届かない。
彼の離婚など、望むべくも無い。
そんな事を求めたって、無理難題だって、分かりきっている。
私が智士を想う気持ちよりも、彼女は彼を必要としている。
そして、彼も。