第弐図書室
□水面花
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頑なに正面を向き、彼は私の所作には気付かない。
一体どれだけ心配だと云うの。
フロアへの到着を報せるベル。
踏み出せばもう、愛の砦は目の前。
「私、やっぱり帰るわ」
「何言ってんだ、今更」
「だって、何の因果で不倫相手の奥さんに会わなきゃなんないの」
彼の必死さは、眼光の鋭さや私の腕を引く力強さから伝わる。
無言のドアの前、冷徹な空気漂う廊下で私達はどのくらい押し問答を続けていたのだろう。
それがどれだけ不毛なものか、彼はやっぱり分かって居なくて。
「いいから、開けるぞ」
「御勝手に」
業を煮やした智士が、鍵を差し込む。
夜半の静かな廊下で、サムターンの回る音だけが異様に大きく響いた。
私は足元を見詰めて俯くしか出来ない。
だって、もし、何食わぬで彼女が出てきたら。