過去短編小説
□ファースト・ラブ 〜フレンズ〜
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俺の前の席に座る空を横目で見届けながら、ウェイトレスを呼び止める。
「すみません。注文いいですか?」
「あっ、はい。ご注文をどうぞ」
「空。何にする?」
「そうね……」
メニュー表を眺めながら思案していた空は、「紅茶にしようかしら」と呟いた。
「じゃあ、紅茶を一つで」
「かしこまりました」
ウェイトレスが厨房へ向かっていくと、空は俺が広げていた紙の中から一枚手に取ってそこに書かれている文字を目で追い始めた。
空は紙面から視線を外し、俺の顔を見る。
「これって、春に発表する新曲の歌詞?」
「の、案。今どれにするか考え中なんだ」
「へえ。いっぱい考えてるのねえ」
「まあ、大抵はボツになるけどな」
どれもこれも自分が思い描いているような曲とは程遠い歌詞だ。期限は今日中だというのに、未だ完成には及ばない。
他の歌詞も手に取って眺めている空をぼうっと見ていたら、彼女の細い手首にキラリと輝く物が目に映った。
「なあ、空。その手のやつ……」
「え? あっ、ああ。このブレスレットのこと?」
空は紙をテーブルに置き、手首を飾るブレスレットを触る。その触り方が大切なものを扱うように優しかったので、何となくだが察してしまった。
続きは聞きたくない。
こっちはそう思っていはいても、相手に伝わるワケもなく。空はなにも知らずに喋り続ける。とても、本当にとても嬉しそうに。
「これね、太一から貰ったの」
「太一から……」
目元を和ませて笑う空の気持ちを表しているかのように、ブレスレットに付いている小さなハートの飾りがキラキラと太陽の光で輝いている。
その瞬間。俺は理解した。
この数日、空が幸せそうに笑い、綺麗になったのも。
シルバーのブレスレットを大切そうに手首につけているのも。
太一との恋が上手くいったということなのだろう。
親友同士が上手くいってよかったと頭では思っているのに、なぜだか胸がちくりと痛んだ。
その胸の痛みに気付かない振りをして、俺はわざと呆れたような顔をする。