オリジナル部屋。

□ボクの名前 (一話完結)
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製造番号0149、それがボクの名前だった。

…彼と出会うまでは。


<ボクの名前>


ある日、ボクは思考回路に異常が見つかり、廃棄された。

優しすぎる。

調査書に書かれた異常の内容はそうだった。

とある人里離れた小さな研究所で、新たに造り出されたヒトをより人間に近付ける研究がなされていた。

ボクはそこで造られた。

数々の失敗を踏まえ、また新たな失敗をする。

そうした過程の中にボクがいた。
そしてある日、ついに完成かと思われていたボクにも異常が見つかった。

それは異常と言うほど大きなミスではなかった。

ただ、人間にしては‘優しすぎ’た。

異常のあるボクはすぐさま廃棄が決まった。

廃棄となるや否や、研究所にいた人々はボクへの態度を変えた。

ある者は嫌悪し、またある者は見下した。

息子のように、孫のように、弟のように接してくれていた人々が。
自分達で造り出しておきながら

小さな異常一つで簡単に見放した。

それでもボクは彼らを恨むことも、憎むことも出来なかった。

通常値を超える‘優しさ’

それがボクの異常だった。


ボクは研究所から離れた山奥に捨てられた。

ただ捨てられただけではない。

両手と両足を鎖で木に繋がれ、どこかに逃げられないように、誰かに見つからないように隠されたのである。

死ぬだろうと思った。

死ぬしかないと思った。

死んでしまえればどんなに楽かとも思った。

それでも、人間に似せて造られたボクは生きたいと強く願っていた。


ボクが廃棄されてから数日が経ったある日。

繋がれた手足は痛みを忘れ、空腹の限界もとうに通りすぎて意識も霞み始めていた。

ここまでだと思った。

自分の一生はここで終わるのだと。

そんな中で、ボクは誰かの小さな足音を聞いた。

聞いてはいたが、そちらを振り向くようなことはしなかった。

それだけの体力がボクにはもう残されていなかった。


足音の主はボクを恐がっているのか暫くじっとしていた。

一時間ほど経った頃、ボクが動かないとわかったのか、その足音の主はゆっくりとボクに近づいてきた。

手に掛けられた鎖を外そうと屈んだ時初めてたいして年端もいかない少年の姿がボクの視界に入った。

彼は一生懸命になってボクに掛けられた鎖を長い時間をかけて全て外してくれた。

助かったとも思ったが、同時にいままでにはなかった大きな不安が広がった。

生き延びたところで、何をすればいいというのだ。

考え込んだボクの手に何か温かいものが添えられた。

顔を上げるとさっきの少年が心配そうな顔つきでこちらを覗き込んでいた。


彼は力の入らないボクの腕を引いた。

その瞳はやっと仲間を見つけたというふうに輝いていた。


ボクは残された少しの力を振り絞ってどこか楽しそうに腕を引く彼についていった。


少しだけ森の中を歩いて辿り着いたのは小さな小屋だった。

小屋の中には誰もいなかった。

それどころか、その小屋には音すら存在していないかのようでもあった。


それからボクと彼との暮らしが始まった。


彼は声を持たなかった。

生まれつきに声帯を持たなかったのである。

それでも、彼は歌が好きだった。
歌えない歌が好きだった。

だから代わりにボクが歌った。

研究所で優しかった頃の研究員に教えられた歌を、

鳥たちの歌声を真似て、

風に耳を澄ませて、

ボクは歌った。

一つ一つ歌い終わる毎に彼は喜んでくれた。

その笑顔がとても嬉しかった。





案の定、造られたボクと産まれた彼の時間はずれていった。

彼の時間はいつの間にかボクを追い抜き、背は見上げなければならないほどに大きくなった。

それでも、歌った後に見せてくれる笑顔は変わらなかった。





彼の時間はまたボクをおいて進んでいった。





やけに暖かい春の晩のことだった。





彼はついにボクをおいていってしまった。




変わらない笑顔と名前だけを残して。





彼のほかに大切なものなどなかったのに。





ボクの名前。





彼がくれた、ボクの名前。





ボクをボクたらしめる言葉。





彼がくれたたった一つの宝物





大事な大事なボクの名前。


    fin

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