銀魂 短編

□泣いてもいいですか、
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それを聞いたのはごく偶然だった。




いつも通り道場で刀を降って、




いつも通り縁側を通って、





いつも通り土方さんをちらりと見て、



いつも通り食堂に行っただけだったのに。







「聞いたか、副長女がいるらしいぜ」




「聞いた聞いた!美人だったなあ」






興奮気味に話す隊士たちの声は、噂ばなしには大きすぎる声量だったのだ。




そして、私にショックを与えるにも大きすぎるものがあった。






声も出ずに立ち止まる。


びっくり、それしか思い浮かばなかった。




その噂では、相手の女性は近所の団子屋さんの看板娘らしい。





なるほど、それでか、





淡く心に残っていた嬉しい気持はまたたくまに消え去った。





土方さんは、そのこに会いたいから私を連れて団子屋に行ったのか。



甘いものが駄目で、女の人が苦手なくせに、





一人の女性を心にとめていた、そういうことですか。








あーあ、







考えてみれば、おかしな話だったのだ。



土方さんは格好いいのに恋人がいなかったことが。




なんて滑稽な話だ。





隣にいられればいいとそう思っていたのに、



初めから私の居場所は土方さんの隣なんかになかった。






「こんなとこにいると風引くぞ」






立ち止まる私に優しい声をかけて去っていく彼の背中に手を伸ばす。



しかしその手は当然のように空をきって静かに落ちた。








知ってましたか、





心の中で叫んでみる。







私、土方さんのこと好きなんですよ







貴方がその女性をみる前から、



その女性が土方さんに気が付く前から、






ずっとずっと前から、私は貴方だけだったんですよ。







そんな想いは届くはずなく、



じょじょに視界がぼやけていくのが分かった。



泣いもいいですか、
私には貴方しかいない



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