銀魂 短編

□揺られる、揺れる
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`彼`に気が付いたのはもうずいぶん前の事だ。

満員の通勤電車の中で、斜め前にいた長身の学ラン姿。
黒髪に切れ長の目はしきりに本の中の文字の羅列を追っている。

どこの学校だろう。
最近の制服は皆同じようでわかりにくい。


初めはぼんやりそんな事を思いながら人に揉まれているだけだったが、
毎日見るその顔は、いつしか顔なじみになっていた(いや、勝手に私がそう思っているだけ)。





あ、あの本読んだ事ある。






今日もそんな風に名前の知らない‘彼‘の事を少しだけ知って、少しだけ眺めて。

因みに‘彼‘が呼んでいたのは歴史もの。

表紙に筆でかかれたように印刷されている「真選組」は、最近私がよく読んでいる本だった。



まったく同じ本を手に取っているものだから、
‘彼‘の趣味は私と合うのだと思うと勝手に親近感が沸いて笑えた。



クスリと少し笑いともらせば、私のブーム、
‘彼‘とばっちり目が合った。



良くある事なのだろうけれど、
毎日のように‘彼‘を盗み見ていた私の胸はどくどくと波打っている。



え、もしかしてばれた?



これ以上のことが有るだろうか。
私変態じゃないし。
速攻目をそらして本を開いたのだった(‘彼‘のよんでいるのと同じやつ)。









ーーーー



次の日も混んでいる電車は変わらなかった。


ぎゅうぎゅうと押されては地味に押し返して。
がつがつとあたる誰のものかわからない鞄とおじ様たちの加齢臭に眉を顰めた。



と、なにかお尻に違和感。





いわずもがな痴漢である。




満員で身動きが取れないところでのこの状況。



占い1位だったんだけどな。



案外頭の中は冷静だが、嫌なものは嫌だ。
少し膝を折って位置をずらしたりしてみるものの、意味はない。




なんだよおっさん。
私のお尻なでてもいいことないよ。
犯罪者になるだけだよ。



一瞬このひと痴漢でーす、っていおうかな、とか考えたけれど、生憎私にはそんな勇気ない。





珍しく萎れて泣きそうになった。


鼻をすすって手に持っていた鞄に顔をうずめる。



大丈夫、後ちょっとだし。



そんな思いとは裏腹に出来事は進んでいくわけで、

スカートの中に手が入ってきたその時、





「おい、なにやってんだよ」





スカートを探っていた手が離れ、低い怒りが含まれた声が響く。

それと同時に、チッ、という舌打ちが聞こえて、私のお尻をなでていたおっさんは開いたドアからでていった。




そのひょうしにぶつかられて転びそうになった私を支えてまでくれた痴漢退治の人は、そのままホームへと降りたのだった。


ぽかんとしてその人を眺める。
その人、いや、そのお方は紛れもしない‘彼‘だった。


心配そうに私を見る‘彼‘は、大丈夫か、とだけ言った。




「あ、はい」



「怖かったろ、気をつけろよ」



無愛想ながら安心させるようにいわれ、じわりとまた涙がにじむ。
怖かった。ええ、怖かったですとも。



「どうしてわかったんですか、」




その、痴漢が・・・
急に恥ずかしくなってごにょごにょというと、ああ、といって‘彼‘は言葉をつ紡ぐ。



あの満員電車の中でよく気が付いたものだ。


まっすぐこちらを見て少し笑った‘彼‘に、ドキリとむねが跳ね上がる。







「見てたから」








揺られる、れる
実は俺も見てた




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