++ 甘い蜜は毒の味 ++
「ねぇ、南野くんはどうして彼女作らないの?」
「……ダメですか?」
ある日の昼下がり。読書をしていると、隣の席の月が頬杖を付きながら声を掛けてきた。
「いや、そんなこと無いけど。でもせっかくモテるのに青春を謳歌しないの勿体無いなぁと思って」
「そういう月だって、彼氏とかいないだろ?」
「まぁ、ね。でも、制服デートとか憧れるよ? 初々しいドキドキデート! 手を繋いだだけで恥ずかしくって目も合わせられない…みたいな甘酸っぱいヤツ!」
「……漫画の読みすぎじゃないですか?」
興味も無いと冷たく言い返せばウッと言葉に詰まった。どうやら図星らしい。そのまま会話は終わるかに思えたが、月は逆に前のめりに体を乗り出してくる。
「それは、否定できないけど…でも、たった一度しか無い人生と思ったら、色々経験してみたいじゃない!」
「へぇ…」
まだ言い募ってきたのが意外で、声が漏れた。まぁ、そこまで言うなら暇潰し程度には良いかもしれない。俺への周りの興味も薄れる事で、目立たず穏やかな生活が期待できる。本を閉じると月に向き直った。
「じゃあ、やってみますか?」
「……。ん? 何を?」
たっぷり数回瞬きをしたあと、トボけた問いが帰ってくる。鶏だって3歩は覚えてるらしいけど、彼女は瞬き3回だったか。ずいぶんな記憶力だな。
「君の言う、青春の謳歌ってヤツですよ。制服デートの夢も叶うし、悪い話じゃないだろ?」
「……待って、誰と誰が?」
「月と俺以外に誰かいますか?」
俺の言葉にガタンと立ち上がって後ずさりしながら顔を青く染めた。くるくると変わる表情に感心する。それにしても、そんな顔をされるとは心外だ。
こうして話しかけて来るくらいだ。嫌われてるとは思っていなかったけど……
「わ、私、死にたくない!」
何故、俺とデートすると死ぬんだ。意味がわからない。
「別に毒なんて盛りませんけど」
「南野くんとデートなんてしたら、翌日から上履きに画鋲入れられたり、机にカッターの刃仕込まれたり、不幸の手紙回されたり、体操着水浸しにされたり、机に落書きされたり、教科書ビリビリになったりするんだよ、きっと!!」
遮って一気にまくし立てる月。………正直、何を言っているのか理解に苦しむ。
「どんな被害妄想ですか…」
「まさか、自分がモテてる自覚がないなんて言わないでしょうね?」
「……まあ、無いとは言いませんが」
「ホラ!! みんなの南野くんに手を出さないでフラグ!」
話を聞け。
オレが誰かと付き合ったって大した問題じゃ無いと思うけど。そこまでの執着や注目をされている覚えは無い。けれど、もし彼女の妄想が多少なりとも現実味のあるものだとすれば……
「そこまで言われると試してみたくなりますね」
「は?」
「本当に付き合った子の上履きに画鋲が入れられるのか、興味あります」
今時、月の妄想のような嫌がらせをする人が本当に居るのかどうか。
それに、そんな事をする人が居るなら学生生活を少し見直す必要もありそうだ。
「酷い人だよ南野くん。被害者が可哀想でならないわ」
「君ですけどね」
「………ごめん、なんて言ったの?」
「その被害者候補、月だって言ったんですよ」
今の流れで他人事で居られると思うなんて、随分抜けているな。にっこりと笑顔で告げてやれば、本気で青ざめているのだから面白い。
「じょ、冗談じゃないわよ!! 死にたくないって言ってるでしょ!!」
「もちろんです。もし本当に画鋲を入れられてしまうなら、付き合う相手には怪我させてしまう可能性があるわけですから対応を考えなくては。まぁ、死ぬことはありませんから、安心して下さい。少し痛い程度ですよ」
「私が痛い思いするのは良いのか!!」
「難しい質問ですね」
もうダメだと、がっくりうなだれる月。少し遊び過ぎたか? わかりやすく面白い反応を返して来るものだからついついやり過ぎてしまったかもしれない。反省も後悔も微塵もないが。
「それじゃあ、行きますか」
「え゛っ」
― to be continued ―